PROLOGUE
目野菜々子さんは、福岡県出身のヴァイオリニスト。5歳でヴァイオリンを始め、桐朋女子高等学校音楽科、桐朋学園大学音楽学部ヴァイオリン科で学んだ。大学在学中からテレビ番組やアーティストのバックで演奏し、2024年からは高嶋ちさ子さんプロデュースの「12人のヴァイオリニスト」のメンバーとして舞台に立つ。演奏家・講師の派遣などを手がける株式会社シンフォニアの代表も務めている。コンクールで結果が出ず、音楽から距離を置いた中学時代。演奏の仕事を「待つ」だけではいけないと気づいた大学時代。そして、大学1年生から腹話術や手品を習い、いつか訪れるチャンスに備えた日々。自分の演奏だけでなく、音楽を続けたい仲間一人ひとりが主役になれる場をつくりたいと語る、その原点と挑戦に迫った。
母がくれた入り口を、自分の意志で選び直す

ヴァイオリンを始めたのは5歳の頃です。母が子どもの頃に習いたかったものの機会がなかったので、その憧れが最初のきっかけになりました。ただ、当時の私は8つほど習い事をしていて、ヴァイオリンはその中の一つ。「ヴァイオリニストになりたい」という明確な意志があったわけではなく、物心がついたときには自然に楽器を手にしていた、という感覚に近いです。5歳で自分の進路を選び取ったというより、母が入り口をつくってくれて、その後の経験の積み重ねによって、私自身がヴァイオリンを選び直していったのだと思います。
転機は中学生の頃でした。福岡の女子校に通い、当時は集中的に勉強に打ち込んでいましたが、それは音楽から距離を置きたい気持ちの表れだったのかもしれません。というのもコンクールでは努力が結果につながらないことが多く、苦しさを感じていたからです。そんな時、東京から福岡に来られた先生が、指の使い方や改善点を論理的に教えてくださいました。「なぜうまくいかないのか」「どう変えれば音が変わるのか」が具体的に分かり、初めて弾くことそのものを楽しいと感じたんです。
周りに比べて圧倒的に遅かったのですが、その出会いをきっかけに音楽高校の受験を決断し、中学3年生からソルフェージュなどの専門的な勉強に集中して取り組みました。高校1年生からは単身で上京し、一人暮らしを始めました。幼い頃に与えてもらったきっかけが、中学生で出会った先生によって自分の意志へと変わり、音楽の道を進む決断につながったのだと思います。
技術は「出したい音」を実現するための手段
私にとって技術は、ただ速く弾ける、難しい曲を間違えずに弾けるということではなく、私が出したい音や表現を実現するための手段です。練習では、うまくいかない箇所を感覚だけで何度も繰り返すのではなく、指や弓の使い方のどこに原因があるのかを分けて考え、改善点を一つずつ確かめていきます。原因が分かれば、練習は我慢の時間ではなく、音が変わっていく過程を発見する時間になります。

もう一つ大切にしているのが「聴く」ことです。私は幼少期からの英才教育で絶対音感を得たタイプではなく、訓練を重ねて相対音感を身につけてきました。その経験から、技術は生まれ持った才能だけで決まるのではなく、聴く力を育て、違いを捉え、修正を積み重ねることで伸ばせるものだと感じています。弾いた結果だけでなく、自分の音をよく聴き、何が意図と違うのかを確認するようにしています。
さらに、楽譜上の音を正確に並べるだけで終わらず、作品が書かれた背景にも目を向けます。ブラームスなどの作品には、楽譜や音階の中に詩的な思いや恋人へのメッセージが込められていることがあり、背景を知ると同じ音でも方向性や重みが変わって、技術と表現が結びついていきます。技術習得で一番大事なのは、できない理由を曖昧にせず、自分の耳で変化を確かめながら、納得できるまで積み重ねること。また、論理的に理解することと、耳で感じ取ること、その両方を行き来する姿勢が、演奏を支える土台だと思っています。
演奏家の仕事を、クラシックだけに限定しない
私にとって大きかったのは、演奏家の仕事をクラシックだけに限定する考え方をやめたことです。大学2年生の頃から、地上波の音楽番組や著名なアーティストのバックで演奏する機会をいただくようになりました。華やかに見える世界を肌で感じた一方、そうしたポップスの現場での仕事がコンスタントにあるわけではなく、クラシックという狭い世界の中だけで待っているだけでは続けていけないという現実も知りました。
そこで、自分から活動の場をつくる方向へ舵を切ったことが、「12人のヴァイオリニスト」への挑戦へとつながっています。何かを辞めることは、積み重ねを否定することではありません。一つの働き方だけに頼る状態を手放し、そこで得た経験を次の形へつなげることだと思います。
点として重ねた準備が、一歩で線につながった

演奏の仕事をただ待つ受け身の姿勢ではなく、一人の演奏家として主体的に、そして継続的に表現し続けられる場として、強く意識するようになったのが「12人のヴァイオリニスト」でした。このグループでは確かな演奏力はもちろん、ステージに立つ人間としての個性や、お客様を楽しませる一芸も求められます。まだおぼろげではありましたが、いつかチャンスが訪れたときのために、大学1年生の頃から腹話術や手品教室に通い始めました。すぐに挑戦するのではなく、自分に必要だと思うものを地道に準備する時間がありました。
その後、時期を問わず「どうしても挑戦したい」という一心で思い切って門を叩いたところ、大変ありがたいことにトントン拍子でオーディション、そしてツアーへの参加が決まり、一気に活動の波が押し寄せました。周囲からは幸運な急展開に見えたかもしれませんが、私としては、それまで点として積み重ねてきた準備が、一歩を踏み出したことで一つの線につながった感覚です。たとえ前例のないタイミングであっても、挑戦したい気持ちがあるなら行動してみる。その最初の一歩がなければ、今の私はなかったと思います。
「12人のヴァイオリニスト」での活動は、演奏だけでなく舞台で自分の個性をどう届けるかを考える機会にもなっています。継続して表現できる場を求めたことが出発点でしたが、結果として、自身の可能性を広げる大きなきっかけになりました。
「点が、線につながった」
コンサートホールの外へ、音楽を届けに行く
これからは、私が舞台に立って演奏することに加えて、音楽家が継続して活動できる場そのものを広げていきたいです。音楽大学を卒業しても演奏の仕事が十分になく、アルバイトを中心に生活せざるを得なかったり、音楽を続けることを諦めたりする同級生や仲間を見てきました。高い技術を身につけても、それを生かす場所がなければ、練習を続ける目標やモチベーションを保つことも難しくなります。

だからこそ、コンサートホールだけを活動の場と考えるのではなく、幼稚園や学校、イベントなど、社会のさまざまな場所へ音楽を届けたいと思っています。「聴きに来てもらう音楽」だけでなく、こちらから生活の中へ届ける音楽にも挑戦したいです。子どもたちが身近な場所で生の演奏に触れ、グループレッスンなどで音楽を体験することは、教育として大きな意味がありますし、演奏家にとっては専門性を生かして働ける新しい場にもなります。
目標は、私一人が注目されるのではなく、音楽を続けたい仲間一人ひとりが主役として輝ける仕組みをつくることです。ヴァイオリンだけでなく、ホルンやトランペットなど、さまざまな楽器の奏者と連携できれば、届けられる音楽の形ももっと広がると考えています。
「一人ひとりが主役に」
演奏・教育・人材派遣が循環する仕組みをつくる

設立のきっかけは、自分の演奏活動に加えて、幼稚園やインターナショナルスクールへの演奏家・講師の派遣、グループレッスンなど、取り組む仕事の幅が広がってきたことです。個人として契約するよりも、会社という組織で責任を持って動くほうが、学校や施設、企業の方にも安心してご相談いただけます。また、私一人ではなく複数の演奏家に仕事を届けるためにも、継続して運営できる受け皿が必要でした。
私にとって音楽は、舞台上で完成された演奏を披露するだけのものではありません。子どもが初めて楽器の音を間近で聴く瞬間や、学校や地域の行事で演奏を楽しんでもらう時間も、音楽が社会に根づく大切な場です。そうした小さな出会いを増やすことが、聴く人の裾野を広げ、演奏家の新しい仕事を生むことにもつながると考えています。
将来的には、会社としての信用と運営基盤をさらに強化し、演奏、教育、人材派遣が循環する仕組みを確立し、自分自身の活動と、後に続く音楽家たちの仕事を支えられる土台を形にしていきます。それぞれの演奏家が専門性と個性を生かし、音楽を続けながら生活していける。そのための選択肢を増やしていくことが、シンフォニアの目指す未来です。
