ボートレーサー 平川 香織 (KAORI HIRAHARA)

平川香織が語るターニングポイント――けがで止まった時間が、レースへの向き合い方を変えた

平川香織が語るターニングポイント――けがで止まった時間が、レースへの向き合い方を変えた

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フィギュアスケートからボートレースへ転身し、デビュー後は結果を求めながら走り続けてきた平川香織選手。その競技人生の中で、もっとも大きなターニングポイントになったのは、けがによってレースから離れた時間だったという。体の痛みだけではなく、動くことへの不安、復帰への焦り、自分自身への向き合い方。水面から離れたからこそ見えたものがあり、復帰後の走りや考え方にも大きな変化が生まれた。今回は「けがによる長期離脱」という一つの転機に絞り、平川選手がその時間をどう受け止め、どう乗り越え、初優勝へとつなげていったのかを聞いた。

けがで止まった時間が、最大の転機だった

Q平川選手にとって、競技人生の中で一つだけターニングポイントを挙げるとすれば、どの出来事になりますか?

「一つに絞るなら、けがでレースから離れた時間だと思います。もちろん、フィギュアスケートからボートレースに進んだことも大きな決断でしたし、デビュー戦でフライングをしたことや、初優勝できたことも自分にとって大切な出来事です。でも、考え方が一番変わったのは、けがをして走れなくなった時期でした。それまでは、早く結果を出したい、もっと上に行きたいという気持ちが強くて、自分に対してもかなり厳しかったと思います。うまくいかないと焦るし、周りと比べてしまうし、結果が出ない自分を責めてしまうこともありました。けがをしたことで一度立ち止まらざるを得なくなって、その時に初めて、自分がどれだけ力を入れすぎていたのかに気づいた気がします」

Qそれまでは、どのような気持ちでレースに向き合っていたのでしょうか。

「デビューしてからは、とにかく結果を出したいという気持ちが強かったです。フィギュアスケートを6歳からやってきて、努力を積み重ねることには慣れていましたし、何かに打ち込むこと自体は好きでした。だからボートレースに転身してからも、頑張ればもっと上に行ける、もっとできるはずだと思っていました。ただ、その気持ちが強すぎて、自分で自分にプレッシャーをかけていた部分もあったと思います。スタート、ターン、整備、プロペラ、全部をよくしたい。少しでも悪いところがあると、そこばかりが気になってしまう。今思えば、毎走を大事にするというより、早く理想の自分に追いつかなければいけない、という焦りの方が大きかったのかもしれません」

痛みよりも難しかった、気持ちを戻すこと

Qけがをした時、まずどんなことが一番つらかったですか?

「正直、体の痛みもありましたけど、それ以上に気持ちを戻すことが難しかったです。最初は治すことだけを考えればいいと思っていたんです。でも、少し動けるようになっても、また痛くなるんじゃないか、悪化するんじゃないかという不安が出てきました。体は回復しているはずなのに、気持ちがついてこないんです。痛いから動けないのか、動くのが怖いから痛いと感じるのか、自分でもわからなくなるような時期がありました。先生からも、考え方の影響が大きいと言われましたし、そこで初めて、けがを治すというのは体だけの問題ではないんだと感じました。レーサーとして戻るためには、体を整えるだけではなく、心の状態も整えないといけないんだと思いました」

Qその不安と向き合う中で、一度ボートレースから距離を置こうと思ったのはなぜですか?

「そのまま無理に戻ろうとしても、同じことを繰り返してしまう気がしたからです。走れない時間が続くと焦りますし、周りがレースに出ているのを見ると、自分だけ止まっているような気持ちになります。でも、その焦りのまま復帰しても、また自分を追い込みすぎてしまうと思いました。だから一度、ボートレースから少し距離を置いて、自分を客観的に見る時間が必要だと思ったんです。離れることは怖かったです。置いていかれるんじゃないか、戻れなくなるんじゃないかという不安もありました。でも、結果的にはその時間があったからこそ、自分が何に焦っていたのか、何を大切にしたいのかを考えることができました」

離れて初めて見えた、支えてくれる人の存在

Qレースから離れたことで、以前とは違って見えるようになったものはありましたか?

「一番大きかったのは、自分ひとりで走っているわけではないと感じられたことです。デビューした頃は、早く結果を出したい気持ちが強くて、自分のことばかり考えていたと思います。うまく走れないと落ち込むし、結果が出ないと焦るし、どうしたらもっと強くなれるかばかり考えていました。でも、レースから離れてみると、師匠、先輩、同期、家族、ファンの方、いろいろな人が支えてくれていることを改めて感じました。レースに出られることも当たり前ではないし、無事に走れることも当たり前ではない。水面に立てるだけで、自分はたくさんの人に支えられているんだと思えたことは大きかったです」

Qその気づきは、復帰後のレースへの向き合い方にどうつながりましたか?

「少し肩の力が抜けたと思います。前は、強くならなきゃ、勝たなきゃ、結果を出さなきゃという気持ちが前に出すぎていました。でも、復帰してからは一走一走をもっとフラットに見ようと思うようになりました。もちろん勝ちたいですし、上を目指したい気持ちは変わりません。ただ、毎回完璧でいようとすると、自分で自分を苦しくしてしまうんです。弱い自分がいることも、怖いと思う自分がいることも、別にダメじゃない。そういう自分を知ったうえで、どうコントロールするかが大事なんだと思うようになりました。結果だけを見るのではなく、その時の自分にできる最善を選ぶ。そういう考え方に変わりました」

「完璧じゃない中で何ができるか」という考え方

Q復帰後は、体の状態やモーターが万全ではない時にも、考え方に変化があったのでしょうか。

「ありました。けがをする前は、悪いところを全部直したい、理想に近づけたいという気持ちが強かったです。でも、ボートレースはいつも完璧な状態で走れるわけではありません。モーターやプロペラの状態もありますし、水面も毎回違います。自分の体の状態も日によって違う。全部を理想通りにすることはできないんです。だから復帰してからは、“完璧じゃないから無理”ではなく、“完璧じゃない中で何ができるか”を考えるようになりました。その時の足、その時の水面、その時の自分の体に合わせて、どう走るかを選ぶ。短所を全部消そうとするより、今あるものの中でどう戦うかを考える方が、自分には合っているのかなと思います」

Qその考え方は、デビュー初優勝のレースにもつながっていたのでしょうか。

「つながっていたと思います。2026年5月の大村ヴィーナスシリーズで初優勝した時も、体の状態が万全だったわけではありませんでした。膝に不安がありましたし、プロペラも思うように詰め切れていたわけではありません。優勝戦は1号艇でしたけど、1マークでターンが流れてしまって、きれいに逃げ切ったレースではありませんでした。それでも、そこで終わりだと思わずに追いかけることができたのは、けがを経験して考え方が変わったからかもしれません。完璧な展開ではなくても、今できることを探す。最後まで諦めずに走る。2周2マークで内から切り返して勝てたことは、そういう積み重ねが少し形になったレースだったのかなと思います」

初優勝は、けがを乗り越えた先に見えた節目

Q初優勝を振り返った時、喜びと同時に反省もあったと話していました。その感情は今も残っていますか?

「残っています。やっと優勝できたという気持ちはもちろんありました。デビューしてから時間もかかりましたし、優出しても届かないことが続いていたので。優勝戦としても、もっとちゃんと逃げ切れる選手にならないといけないと思いましたし、反省点も多かったです。ただ、前だったら“できなかったこと”ばかりを見て、自分を責めていたかもしれません。今は、反省は反省として受け止めながら、その中でも最後まで諦めずに勝ち切れたことを自分の中で大事にしたいと思えます。初優勝はゴールではなく、これからどういう選手になっていくかを考えるきっかけになりました」

弱い自分を知ったから、前に進める

Qけがを経験したことで、自分の弱さとの向き合い方も変わりましたか?

「変わりました。前は、弱い部分を見せたくないし、弱い自分がいることもあまり認めたくなかったのかもしれません。プロとして走る以上、強くいなければいけないと思っていました。でも、けがをして走れなくなって、不安になったり怖くなったりして、自分の弱い部分をたくさん感じました。その時に、弱い自分がいること自体は悪いことではないんだと思うようになりました。大事なのは、そこから目をそらさないことだと思います。怖いなら怖いとわかったうえで準備する。不安があるなら、その不安を小さくするために何ができるかを考える。弱さを隠すのではなく、知ったうえでコントロールする。そう考えられるようになってから、少しずつ前に進みやすくなりました」

Qこれから先も、その考え方を大切にしていきたいですか?

「大切にしたいです。もちろん、もっと強くなりたいですし、G1やPG1のような大きな舞台でも結果を出したい気持ちはあります。でも、目標を決めたらそこに向かって一直線じゃないといけない、という考え方だけでは、自分を追い込みすぎてしまうこともあると思います。人生も競技も、その時になってみないとわからないことがあります。だから、何歳まで続けると決めすぎるより、その時の自分に正直でいたいです。そのうえで、今できることを一走一走積み重ねていきたい。けがをした時間は苦しかったですけど、自分の走り方や考え方を見直すきっかけになりました。あの時間があったからこそ、今の自分がいると思えるように、これからも水面で向き合っていきたいです」

フィギュアスケートからボートレースへ転身した決断、デビュー戦での経験、初優勝の喜び。その一つひとつは平川香織選手にとって大切な節目である。ただ、本人が「一つに絞るなら」と語った最大のターニングポイントは、けがでレースから離れた時間だった。止まったからこそ見えた焦りがあり、離れたからこそ気づけた支えがあり、弱い自分を知ったからこそ選べる走りがある。完璧ではない中で何ができるか。平川選手はその問いを胸に、これからも一走一走、水面で自分自身と向き合っていく。