PROLOGUE
中村健太郎氏は、株式会社FIELD MANAGEMENT STRATEGY代表取締役。1978年生まれ、中央大学卒業後、ITコンサルティングファームのフューチャーに入社し、ローランド・ベルガー、ボストン・コンサルティング・グループ(BCG)を経て、2016年にアクセンチュアへ参画。通信・メディア・自動車・鉄道業界などの成長戦略や新規事業戦略を数多く手掛け、2023年より現職。日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)執行役員、エリース東京FC代表取締役社長CEO、学校法人西軽井沢学園理事も兼務する。「経済的に安定した価値を持てる人間になりたい」という危機感から飛び込んだコンサルティングの世界で、中村氏は何を学び、何を大切にしてきたのか。その仕事観と、産業構造やスポーツ経営への視座を聞いた。
経済的な危機感が導いた、コンサルティングという道

もともとは、自分自身が経済的に安定した価値を持てる人間になりたい、という思いが強かったんです。少し率直に言えば、若いころに豊かではない経験をしたことが大きくて、どこに行っても通用する力を身につけないといけないという危機感がありました。その中で、企業の外側から経営陣に対して提言し、意思決定に関わっていくコンサルティングという仕事に強く惹かれました。事業会社の中で一つの領域を積み上げるよりも、より広い視点で経営課題に向き合えるのではないかと思ったんです。
最初に入ったのは、システムインテグレーションを手掛けるベンチャー、フューチャーでした。当時は100人ほどの規模で、自分でプログラムを組む毎日でしたが、大企業のプロジェクトを担当する機会があり、入社1年目、2年目という早い段階で、先方の常務クラスの方に直接説明する場面がありました。その時、経営に近い立場の人と対等にやり取りできることに強い手応えを感じたんです。そこから、外部の立場で経営陣に提言していくコンサルティングの世界に進もうと思うようになりました。
ローランド・ベルガーに入ってからは、本当に厳しい環境でした。そこでは、肩書きや努力の量ではなく、最終的にどれだけ貢献したかだけが見られる。言い訳をしても意味がないし、頑張った過程を説明しても、成果につながっていなければ評価されない。最初は苦しかったですが、その環境に身を置いたことで、仕事に対する姿勢はかなり鍛えられました。自分が出したアウトプットは相手の意思決定に役立っているのか、相手の課題解決に直結しているのか。そこを常に見直すようになりました。
「相手が主語」であること。BCGで掴んだ仕事の本質
BCGで学んだことは大きかったですね。若いころは、論理が正しければ組織は動くと思っていました。課題を分析して、筋のいい打ち手を示せば、経営者も現場も納得して前に進むはずだと。でも実際には、組織は論理だけでは動かない。どんな課題にも、必ず感情的なオーナーがいるんです。その人が何にこだわり、何を恐れ、何を守ろうとしているのか。そこまで含めて理解しないと、本当の意味で課題設定はできません。

経営者の方々は、単に数字を良くしたいだけではありません。会社の歴史や社員への思い、自分が背負ってきたものがあります。そこを無視して、外から正論をぶつけても、価値提供としては不十分です。むしろ、その人の感情や意思の構造を理解したうえで、何を課題として置くべきかを一緒に考えることが大事なんです。コンサルティングというのは、常に相手が主語なんですよね。相手が何を考え、何をしたいのか。そこを高いレベルで解決することが、コンサルタントの仕事なんだと思うようになりました。
「コンサルティングは、常に相手が主語」
アクセンチュアでは、経営の一角を担う立場にもなりました。ただ、そのときに別の怖さを感じたんです。組織の中で権限を持つと、外部から厳しく問われる場面が減っていく。自分の判断が正しいかどうかを、現場から直接突きつけられる機会が少なくなる。そうすると、能力が劣化していくのではないかという恐怖がありました。だから私は、人事権限を手放してでも、現場でお客さまに向き合い、直接フィードバックを受け続ける道を選びました。これは、自分にとって非常に大きな転機でした。
規模より密度を。「M+3」に込めた育成哲学

「現在」に集中することです。会社を大きくしたい、人数を増やしたいということを目的化するのではなく、まずは提供価値の質を高めることに集中したいと考えています。もちろん事業として持続的に成長させていくことは大切ですが、私が追求したいのはコンサルティングの本質です。相談役として、相手の課題解決に徹する。その質を落としてまで拡大することには、あまり意味を感じないんです。
育成についても同じで、私は「M+3」という考え方を大事にしています。マネージャー一人に対して部下は三人まで。なぜなら、質の高いフィードバックをするには、相手の仕事を相当見ていないといけないからです。人数が増えれば、管理はできます。でも、本当の意味で人を育てることは難しくなる。だから、規模よりも密度を優先したいんです。
乱読と「素振り」。基礎を反復する者だけが辿り着ける境地
かなり影響しています。若いころから、とにかく乱読していました。社会学、宗教、哲学、心理学のようなものも読みましたし、特に原理仏教には強く惹かれました。人間は何を満たされると幸せなのか、精神的な充足とは何なのか。そういうテーマを、マズローの欲求階層のような理論とも結びつけながら考えてきました。仕事で成果を出すことは大事ですが、それだけでは人は満たされない。では、どういう状態なら納得して生きられるのか?そこは今も考え続けています。

一方で、学びは抽象論だけではなく、非常に具体的な反復も大切です。私はビジネスにも「素振り」が必要だと思っています。たとえばプレゼンであれば、音読してみる。実際に声に出すと、資料の弱いところや論理の飛躍がすぐにわかります。
「基礎を繰り返す人ほど、最後の品質が上がる」
地位が上がると、こういう基礎練習をしなくなる人が多い。でも、基礎を繰り返す人ほど最後の品質が上がるんです。スポーツと同じで、基本動作を軽視すると、どこかで必ず崩れます。
EV化は「動力源の変化」ではない。すり合わせの価値が薄れる時代に

EV化というのは、単に動力源が変わる話ではありません。電子化、デジタル化が進むことで、これまで日本企業が強みとしてきた「すり合わせ」の価値が相対的に薄れていくということです。仕様書には書かれていない細かな調整や、部品同士の相互依存を現場で解決していく力が、日本の製造業の強さでした。ただ、部品が標準化され、モジュール化されると、その価値は見えにくくなります。そうなると、最後はスケールを持つ企業が強い。ボッシュのような巨大企業は研究開発投資の規模も違いますし、グローバルで戦う前提が最初からある。
これは自動車に限った話ではありません。国内のガラケーも、閉じた市場の中では非常に高度な進化をしました。でも、国境が開き、世界のスケール競争にさらされると、構造的に負けてしまう。日本企業は、ソフトウェアやプラットフォームのようにスケールする領域で、まだ世界に通用する勝ち筋を十分につくれていません。だからこそ、世界を見ることが大事だと思います。ただ「グローバルに行こう」と言うだけではなく、どの市場で、誰が、どのルールで戦っているのかを具体的に見る。その方法論を若い人たちに渡していきたいですね。
大きな構造変化では、先に動いた者が勝ちます。後から正しく分析しても遅い。人材を先に確保し、育て、変化に適応するスピードを持った企業が勝つんです。私は会社の規模拡大だけを目的にするのではなく、産業がどう栄え、どう衰退していくのか、その系譜を整理して発信することに強い関心があります。日本人が劣っているとはまったく思いません。ただ、制度や組織、意思決定の構造で負けている部分がある。そこをちゃんと見つめる必要があります。
「誰とやるか」がすべて。サッカーへの恩返しと、これからの目標
「誰とやるか」は、やはり大きいですね。Jリーグの仕事は、私にとってはサッカーへの恩返しという意味合いが強いんです。子どものころからサッカーに親しんできましたし、地域にクラブがあることで人が集まり、会話が生まれ、街に誇りが生まれる。その力を実感してきました。ただ、情緒だけでリーグやクラブは持続しません。スポーツは夢や感動を生む一方で、事業として成立していなければ、選手にも、ファンにも、地域にも責任を果たせない。だからこそ、ビジネスとしての強さをどうつくるかが重要だと思っています。

大きな野心のようなものは、あまりないんです。退屈しない日々を過ごせていることが、私にとっては楽しい状態です。知的に刺激を受ける人と会い、議論し、新しいものを見る。それが続いていれば十分幸せだと思っています。
ただ、小さな目標としては、自分が関わっているスポーツクラブがACLに挑戦する姿を、死ぬ前に一度は見たいですね。そういう具体的で、少し手触りのある目標のほうが、自分には合っています。
